神明クリニック

HOME ≫ 2023年のコラム

コラム(2023年)

神戸新聞・折込の、地域の広報にあります「とことん、おおくぼ Okubo.com」の「ドクター西原のいきいき生活通信」で掲載された内容です。ぜひ皆様の生活にお役立てください。

12月号 インクレチン関連薬について
11月号 今シーズン(2023/2024)のインフルエンザについて
10月号 LDLコレステロールの管理目標値について
9月号 ファンタスティック4について
8月号 EBM(evidence-based medicine)について
7月号 低炭水化物食について
6月号 マイクロアレイ血液検査について
5月号 腎硬化症について
4月号 感染症分類について
3月号 抗ヒスタミン薬について
2月号 在宅医療について
1月号 人生100年時代

インクレチン関連薬について

 “インクレチン”という言葉は皆さんあまり馴染みがないと思いますが、今インクレチンに関連した薬が糖尿病や肥満の分野で非常に注目されています。

 およそ100年近く前のことですが、「どうやら腸管にはインスリンの分泌を促して血糖を下げる物質が存在する」ということが確かめられていて、当時の研究者がそのような物質をインクレチンと命名しました。
 その後しばらくインクレチンの研究は途絶えていたのですが、1960年代以降分子生物学の進歩に伴い、いろいろな物質が発見されると、その中でGIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)とGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)という物質が、いずれもインクレチン(腸管由来のインスリン分泌刺激因子)として作用することが確認され、現在インクレチンはこの2種類が同定されています。

 インクレチンはインスリン分泌を促して血糖を下げる働きがあるわけですから、糖尿病治療薬として有用であり、これまでにインクレチン関連薬としていくつかの薬が市場に登場しています。

 紹介すると、
 ①DPP-4阻害薬:GIPもGLP-1もDPP-4という蛋白分解酵素によって速やかに不活性化されてしまうのですが、このDPP-4の働きを阻害することで、GIPとGLP-1の活性を高める薬です。日本では2009年の発売当初から物凄く使われています。インクレチンは食事摂取後、血糖上昇に伴って分泌されるため、低血糖が起こりにくいという特徴があり、高齢の患者さんに使いやすいのです。
 ②GLP-1受容体作動薬;GLP-1の構造に少し手を加えて、DPP-4に分解されにくくした製剤で、当初は毎日皮下注射する製剤のみだったため、あまり使用されなかったのですが、その後週に1回の注射製剤や経口薬も登場し、血糖降下作用もしっかりしており、さらにGLP-1には食欲抑制作用があることから、DPP-4阻害薬ではみられなかった体重減少効果も認められるため、最近は糖尿病治療薬としてだけではなく、肥満治療薬としても非常によく使用されるようになっています。
 ③GIP/GLP-1受容体作動薬:GIPの構造を改変し、GIPだけでなくGLP-1の受容体にも結合できるようにした製剤で、血糖降下作用および体重減少効果はGLP-1受容体作動薬よりも強力で、まさにインクレチンの作用を増強した薬です。

 インクレチンは不明な点も多々ある反面、まだまだ発展性がありそうです。

 さて、もうすぐ年の瀬です。来年はどのような年になるのでしょうか。不安は尽きませんが、できれば少しでも「優しくありたい」ですね。

いきいき生活通信 2023年 12月号

今シーズン(2023/2024)のインフルエンザについて

 先日、久しぶりに懐かしいミュージックビデオを見ました。
“We are the world”で、言わずと知れた名曲です。当時高校生でしたが、少なくとも今より「世界がひとつになる」可能性を感じられた気がします。
ビデオでは大御所ミュージシャンが大勢出演していて、非常に豪華なのですが、最後に作曲者のひとりであるライオネル・リッチーが「いいね」のポーズをきめているのが微笑ましくて、何となく気力が湧かないときには「よし、頑張ろう」と思えます。

 さて、インフルエンザは一体全体どうなってしまったのでしょうかね。
昨年冬に3年ぶりに流行したかと思えば、その後もほぼ途絶えることなく、夏の間も毎週数人はインフルエンザの患者さんがみられていました。主にA型ですが、ときどきB型もみられています。最近は週ごとに患者さんの数が増えてきていますので、この冬は大流行するかもしれません。

 流行の変化の原因として、新型コロナウイルスに対する感染予坊やウイルス干渉が指摘されていますが、個人的には世界中の人々の往来の有無が大きいように思います。
また、インフルエンザに対する免疫が低下していることも無関係ではないでしょう。今年はワクチンを少し早めに接種したほうが良いかもしれません。
なお、今シーズンのインフルエンザワクチンは昨年同様4価(A型2種類、B型2種類)のワクチンで、そのうちA型の1種類だけが昨年と違う株から作られています。すなわち3/4は昨年と同じです。効果については感染を完全に防ぐことはできませんが、重症化(インフルエンザ脳症や肺炎など)を防ぐことは十分に期待できます。
また13歳未満は原則2回接種ですが、米国では9歳以上は1回接種となっていますので、毎年インフルエンザワクチンを接種している場合は1回接種でも良いかなと思います。参考にしてください。
治療薬についてですが、世界中で最も使用されているタミフルは以前「異常行動」という副作用が問題になり、10代には使用できない時期がありましたが、その後の調査で異常行動はインフルエンザ感染症そのものによることが示されていますので、今は全ての年齢で使用可能です。ただし、耐性ウイルスの情報は常に注意しておいてください。

 何だか、混沌とした世の中になってきましたが、「世界をもっとより良くできる」というフレーズに共感したあの頃の気持ちを信じていたいと思います。

いきいき生活通信 2023年 11月号

LDLコレステロールの管理目標値について

 今回はLDLコレステロールの管理目標値についてのお話です。
LDLコレステロールは悪玉コレステロール(善玉はHDLコレステロール)のことですが、本来の役割は全身の細胞にコレステロールを運んでいくことで、コレステロールは細胞膜の成分であり、またホルモンや胆汁酸の原料にもなっていて、体には必要不可欠な物質です。しかし過剰になると、動脈壁のちょっとした傷から壁内に入り込みます。そうすると、ほどなくして生体内の見張り番であるマクロファージ(血液細胞の一種)に見つかって食べられてしまうのですが、あまりにもこの侵入者が多いとマクロファージ自身もくたばってしまいます。
こうしてコレステロールに富んだ細胞の残骸たちは塊をなして、粥腫(プラーク)と呼ばれるようになり、次第に硬く線維化(動脈硬化)していったり、ときには破れて血栓の原因になったりします。冠動脈疾患やアテローム血栓性脳梗塞の多くがこのような粥状硬化を背景として発症します。

 では、LDLコレステロールはどのぐらいの値にコントロールすれば良いのでしょうか。その管理目標値が「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」で示されています。
内容をちょっと説明すると、福岡県の久山町では毎年40歳以上の住民を対象として生活習慣病健診を実施しており(受診率70~80%)、前向き追跡調査が行われています。1988年にこの健診を受けた循環器疾患のない2454人の住民を24年間追跡調査した結果、270人が動脈硬化性疾患を発症したのですが、その発症に有意に関連した危険因子(性別、収縮期血圧、糖代謝異常、LDLコレステロール、HDLコレステロール、喫煙)を選び出して、10年間の動脈硬化性疾患の発症確率を予測し、そのデータに基づいて「久山町スコア」が作成されました。久山町スコアでは動脈硬化性疾患の発症リスクを低(2%未満)・中(2~10%未満)・高(10%以上)の三つのリスクに分類していて、LDLコレステロールの管理目標値はそれぞれ160未満・140未満・120ないしは100未満に設定されています。
また冠動脈疾患などの既往がある方は二次予防群に分類され、管理目標値は100ないしは70未満となっています。私の場合、久山町スコアによる動脈硬化性疾患の発症リスクは3%で、中リスクに該当しますので、管理目標値は140未満です。

 皆さん、将来心筋梗塞や脳梗塞を発症しないために、自身のLDLコレステロールの管理目標値を是非知っておいてください。

いきいき生活通信 2023年 10月号

ファンタスティック4について

 厚生労働省の2021年度人口動態の統計データによると、日本での死因の第1位はがんですが、心疾患(第2位)と脳血管疾患(第4位)を合わせるとがん死亡率に匹敵します(第3位は老衰)。さらに、がん患者の5年生存率は68.9%であるのに対して、心不全の4年生存率は55.8%で、がんよりも予後が悪いことになります。ちなみにがんの10年生存率は58.3%で、今やがんは半分以上が治るといっても過言ではありません。

 超高齢社会において、脳・心血管系の疾患は今後ますます増加していくものと思われ、最近特に注目されているのが、増加傾向が著しく、また予後も良くない心不全です。心不全とは心臓の働き(ポンプ機能)が悪くなり、全身に十分な血液(酸素)を送れなくなる状態であり、その結果、息切れや浮腫、全身倦怠感などの症状がみられます。そしてこれらの症状がみられるようになると入退院を繰り返すことも多く、次第に治療抵抗性の心不全へと進行していきます。

 心不全の治療はまずその原因となる疾患や要因[高血圧や心筋梗塞、心房細動、糖尿病、慢性腎臓病、薬剤(抗がん剤など)など]をコントロールすることですが、心不全の傾向(心機能低下)がみられてきた場合には、症状軽減および進行抑制のために薬物療法が必要となります。私が医師になった頃は、心不全に対して利尿剤やジギタリスといった薬が専らよく使われていましたが、その後にβ遮断薬、ACE阻害薬/ARB、ミネラルコルチコイド拮抗薬(MRA)の3剤がその中心薬として使われるようになりました。
さらにここ数年の間に新規薬が続々と登場してきており、なかでも話題になっているのがアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)と糖尿病治療薬であるSGLT2阻害薬です。どちらの薬も心機能の低下した患者さんに対して、ガイドラインでも強く推奨されており、特にARNI(商品名:エンレスト)は私も既に多くの患者さんに使用していますが、「調子が良くなった」とおっしゃる患者さんが多くて驚いています。単剤でも効果はありますが、他の薬剤と併用することでさらに効果が高くなることが、これまでの研究で示されています。

 これからの心不全の治療はこれらの薬を中心に展開していくことが期待されていて、特に四つの薬剤(β遮断薬とMRA、ARNI、SGLT2阻害薬)はアメリカン・コミックスに登場するヒーローになぞらえて”ファンタスティック4”と呼ばれています。

いきいき生活通信 2023年 9月号

EBM(evidence-based medicine)について

 「(科学的)根拠に基づく医療」をEBMと言います。
私が医師になった頃は聞いたこともなかった言葉ですが、20年ほど前から頻繁に耳にするようになりました。それまでの医療はというと、ちょっと失礼ではありますが、今と比べると分かっていないことが多くて、医師は自身の経験や勘を頼りに医療を行うことも少なくありませんでした。よく分からないわけですから、致し方なかったと思います。

 臨床的な疑問(クリニカル・クエスチョン:CQ)は常にあり、そして病気の頻度や原因、診断、治療などいろいろな疑問に対して、数々の臨床研究が行われています。信頼できる結果がでると、それがevidence(エビデンス)すなわち科学的根拠になるわけです。
信頼できる結果かどうかは研究のデザインによるところが大きく、質の高い研究とされているものに「ランダム化比較試験(randomized control trial:RCT)」があります。
RCTは対象者をランダム(無作為)に二つ以上のグループに分けて薬の効果などを比較・検証する研究であり、無作為に分けることで公平性を担保できます。さらにそのようなRCTを複数集めて定量的に解析する「メタ・アナリシス」やCQに対して信頼度の高い研究を同定・選択し、それぞれを評価して統合する「システマティック・レビュー」によって推奨された結果はエビデンスレベル(信頼性)が非常に高いとされています。
そして各学会が中心となって、これらのエビデンスを効率良く私達に伝えてくれています。それが現在の「診療ガイドライン」であり、各CQに対してエビデンスレベルに基づいて推奨する診断法や治療法などが記されています。

 日常の臨床において、多くの医師が診療ガイドラインを参考にしていますので、患者さんが受ける医療も医師によって過度にばらつくことは少なくなってきていて、医療側にとっても患者さんにとってもEBMは心強いものだと思います。ただし、信頼性の高いエビデンスがそれほどたくさんあるわけではなく、また絶対的でもありません。EBMはあくまで確率論に基づいているため、結果がうまくいかないこともありますし、合わないこともあります。
また、患者さんがこちらの提案する治療を望まないこともあります。患者さんは同じ病気でも、症状や病気に対する考え方、そして社会的立場や家庭環境など、誰ひとりとして同じ人はいません。患者さんの「語り」を聞いて、その人に合った医療を行うNBM(narrative-based medicine)もEBMと同じくらいに重要であると感じる今日この頃です。

いきいき生活通信 2023年 8月号

低炭水化物食について

 朝は5枚切り食パン1枚、昼は弁当箱に半分の白米、夜は350mLの缶ビール半分とワインをボトル半分か日本酒2合程度。これが私の1日の主な炭水化物の摂取量です。夜は晩酌をするので、お米はほとんど食べません。白米は大好きなのですが、健康のために我慢しています。その変わりにタンパク質(肉や魚や卵など)はたくさん食べます。仕事の日は1日平均2500歩しか歩かないので、これ以上炭水化物を摂取すると間違いなくメタボになるからです。
私の炭水化物の摂取エネルギーを計算してみると朝180kcal+昼300kcal+夜400kcalで1日およそ880kcalになります。ただし、おかずや調味料にも炭水化物が含まれていますので、それらを加えると1000kcalぐらいでしょうか。
一方、BMIと活動量から計算した私の理想的な1日のエネルギー摂取量は2140kcal程度ですので、炭水化物からのエネルギー摂取の割合は46.7%になります。成人の基準として、栄養バランス的に炭水化物のエネルギー割合は50~65%(タンパク質13~20%、脂質20~30%)が推奨されているので、私の場合は少し炭水化物の摂取が少ない食事と言えます。さらに夜のお酒を除けば、かなり厳しい低炭水化物食になります。

 10年程前からいろいろな場面で耳にする「低炭水化物食」「糖質制限」「ロカボ」などはいずれも同じような意味ですが、果たしてこのような低炭水化物食は健康にとって良いことなのでしょうか。
低炭水化物食についての臨床研究はいくつもあるのですが、研究方法の違いもあって結果はまちまちです。また健康寿命への影響には長期的なデータが必要なこともあり、その是非については一概には言えません。

 私なりに比較的はっきりしていると思われていることを挙げてみると、減量には効果があること、血糖コントロールは良くなること、極端な低炭水化物食には肯定的なデータがないこと、そして炭水化物を減らして脂質・タンパク質を増やす場合は植物性食品からが望ましいことなどです。
低炭水化物食は必然的に脂質・タンパク質の量が増えることになり、そのことによる弊害も考えられるため、かわりにどの食品が増えるのかは重要です。また、炭水化物には糖質だけでなく食物繊維も含まれているので、食物繊維の摂取量が減るデメリットも考えられます。だから我が家は最近もち麦ご飯になりました。
肥満傾向の方や糖尿病の患者さんは無理のない範囲で低炭水化物食にしてみてはいかがでしょうか。

いきいき生活通信 2023年 7月号

マイクロアレイ血液検査について

 先日、身内から「今度人間ドックで、マイクロアレイ血液検査を受ける予定」と連絡がありました。
インターネットで調べてみたら、意外にも既に多くの医療機関で行っていて、その検査で何が分かるのかというと、消化器系のがんの有無を遺伝子レベルで判定できるということです。

 臨床研究の結果は、1回の血液検査で、胃がん、大腸がん、膵臓がん、胆道がんのいずれかに罹患している人をがんであると診断できる確率が98.5%(感度:66人/67人)で、またがんに罹患していない人をがんでないと診断できる確率は92.9%(特異度:13人/14人)でした。
このデータは海外の信頼性のある専門誌で発表され、その他の論文でも有効であることが示されています。検査が簡便で、早期がんでも診断が可能であることから、検査の意義は大きいかもしれません。

 私たちの体のなかでは、絶えずいろいろな細胞が分裂・増殖を繰り返していて、分裂する際に細胞内のDNAは複製(倍化)されるのですが、その時によくエラーが起こります。ほとんどのエラーはすぐに修復されますが、修復されないと変異が起こるわけで、もしその変異によって細胞ががん化すると、体のなかではそのがん細胞を排除するための免疫反応が起こります。
すなわちがん細胞をやっつけるために武器となる特定のタンパク質が何種類も作られます。そのタンパク質はそもそも遺伝子であるDNA→メッセンジャーRNA(m-RNA)→タンパク質の過程で作られますので、細胞内の特定のm-RNAに量的な変化が起こります。血液検査で採取した細胞からm-RNAを抽出し、何千種類ものm-RNAの量を測定することで、がん免疫でみられるような量的変化が起こっているのかを調べて、がんの有無を判断する仕組みです。

 さらに付け加えると、マイクロは微小物質のことで、ここではDNAを指しており、アレイは整然と配列している様子を表していますので、マイクロアレイとは何千種類もの遺伝子であるDNA断片(プローブ)が大量にプレート上に配列されているということです。ヒトの遺伝子配列はほぼ100%解読されていますので、こんな事も可能なのです。m-RNAを基になった大量のDNAと結合できるように処理し、このプレート上で反応させると、どのm-RNAが量的に増えているのかを知ることができるわけです。

 現時点ではデータがまだ十分といえませんので、身内にはとりあえず市民健診を勧めておきましたが、マイクロアレイ血液検査は非常に発展性がある検査だと思います。

いきいき生活通信 2023年 6月号

腎硬化症について

 毎年行われている透析施設を対象とした調査によると、現在全国で透析治療を受けている患者さんはおよそ35万人弱です。多いと思うかもしれませんが、どんどん増えているわけではなく、ここ数年は微増の状態が続いています。しかし、この20年ほどの間で状況は随分変わってきていて、具体的に2000年と2020年で比較すると、透析患者さんの平均年齢は61.2歳→69.4歳、透析導入時年齢は63.8歳→70.9歳となっています。すなわち高齢者の透析患者さんが非常に増加しているわけです。その原因としては、腎不全の原疾患である腎硬化症が増えていることが一因とされていて、今回はその腎硬化症についてのお話です。

 まず、腎臓の主な働きについてですが、心臓から送り出された血液が腎臓の動脈(輸入細動脈)を介して腎臓にある糸球体(1つの腎臓に100万個あります)に流れ込むと、そこで血液がろ過され、必要な物質は動脈(輸出細動脈)から体循環へと戻され、一方血液中の老廃物や不要物などは尿細管へと送られ、途中再吸収されたりしながら尿が生成されます。この糸球体へとつながる輸入細動脈に動脈硬化性変化がみられると、輸入細動脈は硬く、狭くなり、糸球体への血流が低下します。血流低下が続くと腎臓にも変化が現れ、腎の線維化や糸球体の硬化が進行し、腎実質そのものが硬くなります。腎硬化症とは読んで字のごとく、主に高血圧が原因で、腎臓が硬くなり、場合によっては腎不全へと至ることもある疾患なのです。初めは尿所見も異常がなく進行も穏やかなのですが、次第にタンパク尿がみられるようになると、腎機能の低下が促進され、時には透析治療が必要になることもあるわけです。

 また、いくつかの臨床研究によると、タンパク尿や腎機能低下の程度と心血管障害(心筋梗塞や脳梗塞など)の発症リスクは相関があると報告されており、すなわち腎硬化症→腎機能低下→心血管障害と考えられています。したがって高血圧の患者さんにおいて重要なことは、腎機能障害がみられないように十分な降圧(130mmHg/80以下)を目指し、そしてタンパク尿や腎機能障害がみられている患者さんでは腎保護作用のある薬を中心とした降圧療法を行うことです。

 ただし、腎硬化症は不明な点も多く、その診断基準も明確とは言えず、加齢や遺伝的な要因との関連についてもよく分かっていないのが現状であり、今後のさらなる病態解明に期待しています。

いきいき生活通信 2023年 5月号

感染症分類について

 これまで2類相当の感染症であった新型コロナウイルス感染症が5月8日より5類感染症に変更となります。5類感染症になると、何が変わるのでしょうか。今回はそんな内容も含めて感染症分類についてのお話です。

 日本での感染症対策についての法律は1897年に制定された「伝染病予防法」に始まり、1951年には「結核予防法」が新たに制定されました。その後、感染症を取り巻くいろいろな変化に対応するために、結核予防法との統合や何度も改正を重ねて現行の感染症法になりました。感染症法では症状の重さや感染力の強さなどから、感染症を「1~5類感染症」と「指定感染症」「新感染症」「新型インフルエンザ等感染症」の8つのグループに分類しています。このように分類する意義は、単に「これくらい怖い病気なのでしっかり予防しよう」という感染症予防の観点からだけではありません。ハンセン病患者の強制隔離やエイズ患者への偏見などの過去の反省を踏まえ、行政(国や自治体など)が行うことができる感染対策や入院の必要性、医療費などを細かく規定した、患者の人権に配慮するための分類でもあるのです。

 1類(エボラ出血熱など)は危険性が極めて高い感染症、2類(結核など)は危険性が高い感染症、3類(大腸菌O157など)は危険性がそれほど高くないものの、食中毒など集団発生を起こしうる感染症、4類(日本脳炎など)は主に動物などを介して発症する感染症、5類(インフルエンザなど)は国民や医療関係者に情報提供が必要な感染症となっています。

 さて、新型コロナウイルス感染症ですが、実は上記の分類でいうと「2類感染症」ではなくて、最初は「指定感染症」に分類されていて、その後に「新型インフルエンザ等感染症」に変更されています。よく分かっていないウイルスということで、2類ではなくて緊急事態宣言なども実施可能な新型インフルエンザ等感染症に分類されているわけです。では5類になると何が変わるのか。既に実施されているものもありますが、具体的には①行動制限がなくなる②マスクは個人の判断に委ねられる③医療費やワクチンなどの公費負担が段階的になくなる④多くの医療機関への受診が可能になる⑤感染者の全数報告がなくなるなどです。油断は禁物ですが、ようやく終息への光がかすかに見えてきましたね。

いきいき生活通信 2023年 4月号

抗ヒスタミン薬について

 毎年恒例の花粉症の季節となりましたね。今回はその治療薬として専ら使用されている「抗ヒスタミン薬」についてのお話です。
ヒスタミンという物質は私達の体の中で合成され、肥満細胞などにたくさん蓄えられています。肥満細胞は血管周囲や皮膚、皮下、肺、消化管、脳などに分布していて、何らかの抗原(花粉など)が肥満細胞に結合すると、細胞内からヒスタミンが放出されます。放出されたヒスタミンは別の細胞の受容体に結合して作用を発揮するのですが、結合する受容体によってその作用はさまざまです。

 現在、ヒスタミンが結合する受容体は4種類(H1、H2,、H3、H4)知られていて、花粉症や蕁麻疹などに関与するのがH1受容体(ただし脳では覚醒や興奮作用)、胃酸分泌などに関与するのがH2受容体、中枢神経の神経伝達物質として作用するのがH3受容体で、H4受容体についてはまだよくわかっていません。そして抗ヒスタミン薬といえば、これらの受容体の中でH1受容体の作用を抑制する薬のことです。ちなみにH2受容体の作用を抑制する薬は「H2ブロッカー」と呼ばれていて、胃潰瘍の治療薬で有名な「ガスター」などです。

 さて、ヒスタミンがH1受容体に結合すると、くしゃみや鼻汁などの症状を引き起こしますが、抗ヒスタミン薬は自身がH1受容体に結合することで、ヒスタミンが結合するのを防ぎ、その作用を抑制するわけです。抗ヒスタミン薬を大まかに分類すると第一世代と第二世代に分かれていて、第一世代は最初に開発された薬で、特徴として「血液脳関門」を通過することが挙げられます。多くの薬は消化管で吸収された後、さまざまな臓器に運ばれ、そこで毛細血管から組織に移行して効果を発揮します。しかし脳の毛細血管は特殊な構造(血液脳関門)をしているため、薬によっては容易に血管から脳へ移行できないのですが、第一世代の薬は移行しやすいため、脳内にあるH1受容体にも結合して強い眠気をもたらします。

 一方、第二世代はこれらの副作用を軽減した薬、すなわち血液脳関門を通過しにくい薬で、眠気も少ないため、最近は第二世代が主流なのですが、種類が多くて、それぞれ効果や眠気の程度に違いがあり、特に車の運転については①運転に支障がない②注意して運転する必要がある③運転してはいけないグループの三つに分かれています。また、服用回数の違いや空腹時に服用すべき薬もありますので、自分に合った抗ヒスタミン薬を選んでください。

いきいき生活通信 2023年 3月号

在宅医療について

 神明クリニックは2006年9月に開院しましたので、今17年目になります。クリニック周辺の街並みは当時と比べると随分様変わりしましたが、久しぶりに受診される子どもさんの変化はそれとは比べものにならないくらいで、本当に驚かされます。そんな時にちょっとだけクリニックの歴史を感じます。また当院をかかりつけ医として通院されている患者さんも年々増えてきて、かかりつけ医としての責任をひしひしと感じている今日この頃です。

 特に最近は自身の仕事として在宅医療の重要性を実感していて、普段から通院されている患者さんが何らかの理由で通院できなくなったら、「それでは私が往診しましょう」となるのが自然な流れで、そのように対応している診療所の先生も増えてきていると思います。私もそんな医師のひとりではあるのですが、厚労省の統計によると訪問診療料の件数は年々右肩上がりで、2006年は1か月に20万件弱だったのが、2019年には約4倍の80万件弱に増えています。当院もまさにそんな感じで、まだまだ10人にも満たない状況ではありますが、確実に増えてきています。

 私も将来在宅医療が必要になった時には、可能な限り自宅で過ごしたいと思っていますし、住み慣れた場所や家族はやはり安心感があります。そんなわけで、もう遅いかもしれませんが、家族にはできるだけ優しくしておこうと心がけているつもりですが…。ただし、身寄りのない患者さんや家族の負担が非常に大きくなる場合も多々ありますので、病院や施設なども利用しながら、臨機応変に対応していく必要があると考えています。

 そして訪問看護や訪問介護を利用している患者さんはさらに増えていて、特に訪問介護については医療以上にその需要が大きいと感じています。日本の超高齢化社会において介護の更なる充実は必要不可欠です。

 在宅医療はまさにチーム医療であり、医師一人でできるものでは全くなくて、むしろ医師の役割は小さいと感じることもしばしばで、患者さんの家族やケアマネージャーさん、看護師さん、ヘルパーさんがその中心であったり、また理学療法士さんや薬剤師さんなどさまざまな医療職の方が関わっています。在宅患者さんの健康状態を診ていく上で、私自身が多くの方に情報提供やアドバイスをしてもらっているのが現実であり、これからも他の医療職の方と連携しながら、在宅医療にも関わっていきたいと思っています。

いきいき生活通信 2023年 2月号

人生100年時代

 新年あけましておめでとうございます。本年も神明クリニックをどうぞよろしくお願いいたします。

 さて、昨年世界の人口が80億人を超えました。私が子どもの頃は40億人ぐらいだったので、およそ半世紀で倍になったわけです。地球にとってこれは良いことなのか、そうでないのか分かりませんが、増えすぎている感じはしますね。一方、日本では出生率が低すぎると指摘されていて、このままでは2050年ごろには1億人を割り込むと推計されています。出生率を高めるためには、明石市のように子育て支援を充実させることが重要だと思いますが、都会ばかり人が増える都市集中型も考えものですので、革命的な政治の力でもっともっと地方に人が移り住むような政策を実行してほしいです。

 前置きが少々長くなりましたが、今回は「人生100年時代」についてです。厚労省のホームページ(HP)をのぞいてみると、2007年に日本で生まれた子ども、すなわち今年高校1年生(16歳)になる人たちの半数は107歳より長く生きると推計されているそうです。ちょっとびっくりしましたが、外来で80代、90代の患者さんが増えていることを考えると、今から90年後は確かにそうなっているかもしれません。HPにはさらに人生100年時代に対する政府の構想も描かれています。全ての人が元気に活躍できる社会、安心して暮らすことのできる社会を目指していて、その柱のひとつが「人づくり革命」です。

 人づくり革命とは教育の無償化やリカレント教育(何歳になっても繰り返し学び直しができる)、大学改革などによる「人への投資」を行うことで、だれもが生きがいのある人生を送れるような環境を整えていこうということです。学校教育だけでなく、いろいろな学びや技術習得ができるような人材支援には大賛成です。医療においては認知症やフレイルへの対策、予防医療、財政面などの問題をどのように解決していくかという課題があります。

 私は何歳まで生きられるか分かりませんが、何もしないとどんどん老いていきそうなので、「老化」という流れに必死になって抗いながら水泳やウォーキングをしているような気がします。客観的にみると健康的とは随分かけ離れた、もがき苦しんでいる自分自身の姿が目に浮かんできて、すごく痛ましい感じがします。「元気で長生き」は私にはとても無理のようですが、これからの日本は世界の手本となるような「人生100年時代」をつくってほしいと思っています。

いきいき生活通信 2023年 1月号