神明クリニック

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コラム(2025年)

神戸新聞・折込の、地域の広報にあります「とことん、おおくぼ Okubo.com」の「ドクター西原のいきいき生活通信」で掲載された内容です。ぜひ皆様の生活にお役立てください。

6月号 iPS細胞の臨床応用について
5月号 大動脈弁狭窄症の治療について
4月号 花粉-食物アレルギー症候群(pollen-food allergy syndrome;PFAS)について
3月号 リウマチ性多発筋痛症について
2月号 血管運動性鼻炎と老人性鼻炎について
1月号 運動療法について

iPS細胞の臨床応用について

 近くて遠い感じがしていますが、何とかして1回は大阪・関西万博に行こうと思っています。人気のパビリオンは無理でも、とにかく雰囲気を楽しみたいですね。

 その万博にiPS細胞から作られた心筋シートが展示されているのですが、培養液の中で「ドクドク」と動いている心筋を見ると、iPS細胞からヒトの体内で機能できる「ミニ臓器(オルガノイド)」が作られる日もそう遠くはないかもしれませんね。実は今、iPS細胞の臨床研究が実を結びつつあり、私もちょっとびっくりしています。

 私達の体を構成している種々の細胞は体細胞と呼ばれていて、元をたどれば、全ての体細胞は1個の受精卵から分化してできた細胞です。その体細胞に幾つかの遺伝子を導入すると、何と不思議なことに、生みの親である受精卵のように様々な細胞に分化・増殖できる能力を持つことができるのです。それが「iPS細胞:人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)」であり、例えば皮膚の細胞がiPS細胞を経由して神経細胞に変わることも可能になります。

 iPS細胞の臨床への応用は2006年に誕生して以降、これまで多くの問題に直面しながらも、着々と進歩してきています。2014年には、世界で初めてiPS細胞を使った臨床研究が行われました。「加齢黄斑変性症」という失明に至ることもある眼の病気に対して、iPS細胞から作られた網膜色素上皮が移植されました。この治療の安全性および効果は既に確立されていて、数年内の実用化(保険診療)が期待されています。
 また2018年には、「ドーパミン(神経伝達物質)」を作る神経細胞が減少することで発症する「パーキンソン病」に対して、iPS細胞から作られた神経細胞を脳内へ移植する治験が始まりました。こちらも安全性やドーパミンの生成および臨床症状の改善が確認され、実用化が近いとされています。
 そして2025年1月には、免疫異常によってインスリン分泌不全を来し発症する「1型糖尿病」に対して、iPS細胞から作られたインスリンを分泌する膵島細胞を皮下に移植する治験が始まっています。
 さらに、これら再生医療以外でもiPS細胞を使っていくつかの難病疾患に対する創薬の治験が行われています。

 医療従事者であれば誰もが感じたことがあるはずです。世の中には誠に理不尽な病気が数多くあるということを。iPS細胞医療はその患者さんを救えるかもしれません。だから私は僅かばかりではありますが、「iPS財団」を支援していこうと思っています。

いきいき生活通信 2025年 6月号

大動脈弁狭窄症の治療について

 今回は「心臓弁膜症」という疾患群の中で、その代表格である「大動脈弁狭窄症(AS)」についてのお話です。

 心臓には四つの部屋とその部屋を隔てるための四つの弁があります。
 全身に酸素の豊富な血液(動脈血)を送り出す部屋が左心室で、左心室から大動脈へ、そして全身へと動脈血が流れていきます。その左心室と大動脈を隔てている弁が大動脈弁であり、加齢に伴って石灰化がみられたりすると、弁の動きが悪くなって、左心室から大動脈へ十分な動脈血が送れなくなります。
 すると、その大動脈から分枝している冠動脈(心臓を栄養する血管)の血流も低下して、狭心症の症状がみられたり、大動脈から脳への血流が低下することで、失神することもあります。更に左心室に血液が逆流することで左心室が拡張・肥大し、やがて収縮力が低下して心不全を発症するようになります。
 これらの症状(狭心症・失神・心不全)が現れると一般的に予後は良くありません。

 ASの程度は心エコー検査によって軽・中等・重・超重症に分かれていて、重症以上である場合や先に述べたような症状がみられる場合は手術が推奨されます。
 手術はこれまで開胸して人工心肺装置を使用し、傷んだ大動脈弁を人工弁か生体弁で置換する手術(SAVR)が行われていましたが、比較的侵襲の大きな手術でした。一方、ASの原因は二尖弁(大動脈弁は通常三尖弁)やリウマチ熱などの他に、近年は加齢に伴う弁の変性や石灰化であることが多いため、手術ができなかったり、リスクの高い患者さんも少なくありません。

 そのような問題を解決できる治療法が10年前から日本でも行われるようになり、その治療法がTAVI(タビ:経カテーテル大動脈弁置換術)です。
 TAVIは開胸することなく、大腿動脈などからカテーテルを使って、傷んだ弁はそのままにしておいて、その弁の内側に新たな弁を留置する治療法です。侵襲が非常に少なく、手術時間も1~2時間(SAVRは5~6時間)です。治療成績(30日以内、1年後、2年後、5年後、10年後死亡率)もSAVRに勝るとも劣らない良好な成績となってきているため、当初は高リスクの患者さんが適応でしたが、最近は高齢(75~80歳以上)であれば中・低リスクの患者さんにもその適応が広がっています。

 ASの症状は、普段「歳のせい」だと思っているような息切れや動悸、倦怠感などですので、気になる方は医療機関で相談してみてください。

いきいき生活通信 2025年 5月号

花粉-食物アレルギー症候群(pollen-food allergy syndrome;PFAS)について

 昨今の世界情勢とは対照的に、今年も例年通りプロ野球が開幕しました。変わらぬ日常にちょっとした幸せを感じつつ、阪神タイガースがどんな戦いをみせてくれるのか、すごく楽しみです。できるだけ温かく応援したいと思っています。

 さて、今回は外来で時々経験する食物アレルギー関連のお話です。
 食物を摂取後に種々のアレルギー症状(口腔・咽頭症状や顔や全身の蕁麻疹、呼吸困難、血圧低下など)がみられる場合は「食物アレルギー」と考えられます。そして症状が口腔粘膜の過敏症状(かゆみやしびれ、違和感など)に限られる場合、「口腔アレルギー症候群(oral allergy syndrome:OAS」と呼びます。
 OASはいろいろな食物によって引き起こされますが、トマトやナスなどの野菜やリンゴやモモなどの果物を摂取した後にみられることも多く、この場合は大抵症状が軽くて、すぐに消失します。これは野菜や果物に含まれるアレルギー物質(アレルゲン)の抗原性が弱くて、消化酵素などによってその抗原性が容易に失われてしまうからです。
 そして野菜や果物によるOASの患者さんに、花粉症の既往がみられることも多く、花粉症と関連してOASなどの食物アレルギーがみられる場合は「花粉-食物アレルギー症候群(PFAS)」と呼びます。
 花粉症と言えば、スギやヒノキによる花粉症が代表的ですが、スギやヒノキ以外にも60種類以上の植物が花粉症を引き起こします。頻度が多いものとして、キク科のヨモギやブタクサ、イネ科のカモガヤ、カバノキ科のシラカンバやハンノキなどがあります。
 PFASの報告をみると、これらの花粉症の中で特にOASを来しやすいのはシラカンバとハンノキです。日本ではシラカンバは北海道・東北に分布しており、ハンノキは日本全国に分布しています。そしてシラカンバとハンノキの主要なアレルゲンはお互いに相同性が高く、更にこれらのアレルゲンによく似た抗原性を持つ食物にバラ科食物(リンゴやモモ)やウリ科食物(メロンやスイカ)、マメ科食物(大豆やピーナッツ)があります。
 すなわち、シラカンバやハンノキにアレルギーがある方はリンゴやメロンや大豆などにもアレルギーを示すことがあるということです(交差反応)。実際にOASの症状がみられる患者さんの多くが花粉症を合併しています。

 OASの症状がある方はまず、食物と花粉のアレルギー検査を行い、PFASかどうかチェックすることから始めてみましょう。

いきいき生活通信 2025年 4月号

リウマチ性多発筋痛症について

 今回はリウマチ性多発筋痛症(polymyalgia rheumatica:PMR)についてのお話です。
リウマチ(慢性関節リウマチ)と症状は少し似ていますが、「似て非なるもの」でリウマチとは明らかに違う疾患です。

 私が研修医の頃に経験した症例は非常に印象的でした。
患者さんは高齢のおばあさんでしたが、「ある朝、目を覚ましたら、肩や大腿部などが痛くて、ベッドから起き上がれない」という急激に発症したケースでした。このように突然発症する場合が多いのですが、数日ほどかけて症状が揃うこともあります。
そのおばあさんは歩けないほどでしたので、入院して治療をしたのですが、副腎皮質ホルモン(ステロイド)が劇的に効いたこともその症例を印象深いものにしました。

 PMRは一般的に高齢者に多い病気で、比較的急激に発症し、

  • ①全身症状(微熱、食欲低下、体重減少、全身倦怠感など)
  • ②筋肉の症状(肩、頸部、臀部、腰部、大腿部などの痛みやこわばり)
  • ③関節症状(大関節の痛みなど)

の主に3つの症状がみられることが特徴的です。

 病因は不明ですが、白人に多いことから、遺伝的な素因がベースにあり、何らかの誘因をきっかけに急性の炎症が引き起こされるものと思われます。血液検査では炎症所見(赤沈の亢進やCRPの上昇)を認めますが、その他に特異的な所見はないため、診断確定のためにはリウマチなどの疾患を除外する必要があります。

 治療はステロイドが著効し、しかも服用後数日で効果がみられます。ただし、薬の減量途中に再燃したり、治療終了後に再発したりすることがあるので、治療は慌てず慎重に行わなければなりません(治療期間はおおよそ1年間)。
また、PMRの約20%に「巨細胞性動脈炎」を合併します。こちらは少々厄介な病気で、頭頚部の大動脈やその分枝(側頭動脈や眼動脈など)に炎症が起こる血管炎であり、虚血による症状として側頭部に痛みがみられたり、顎跛行と言って、物を噛んだときに顎が痛くなったりします。また、時に失明に至ることもあるので、要注意です。
PMRは皆さんあまり馴染みがないと思いますが、決して稀な疾患ではありませんので、是非覚えておいてください。

 さて、今年1月に第47代アメリカ大統領にトランプさんが就任しました。「自国第一主義」を掲げています。理解できないこともないのですが、ハラハラドキドキです。人類は一体全体どこに向かっていくのでしょうかね。

いきいき生活通信 2025年 3月号

血管運動性鼻炎と老人性鼻炎について

 もうかれこれ40年ほど「血管運動性鼻炎」を患っています。
最近は、加齢のためか少し酷くなってきています。患者さんから診察室で「先生、風邪ですか?」と聞かれることもしばしばあります。

 具体的には朝起きて部屋から出たとき、運動(水泳)後やサウナに入った後に体の冷えを感じたとき、熱い料理や香辛料が含まれている料理を思い浮かべたとき(目の前にあると確実です)、寝不足や体調不良のとき、タバコの煙や香水の匂いを嗅いだときなど突然くしゃみ・鼻水が止まらなくなります。特に温度差には敏感で、私の脳が望んだ室温や気温でないと感じれば、それに慣れるまで鼻水が止まりません。
初めはこれらの症状はアレルギー性鼻炎によるものだと思っていました。しかし、普段アレルギー性鼻炎で困っている知り合いが「今日はひどかった」と言っても、私は全く平気であったり、またその逆のパターンもよくありました。そしてアレルギー検査をしてみると、私は特にアレルギー体質というほどでもなかったのです。
ちょっと調べてみるとぴったりの疾患がありました。それが「血管運動性鼻炎」です。

 血管運動性鼻炎は「寒暖差アレルギー」とも呼ばれていて、鼻の知覚神経が過敏になっていることと関係しています。温度差に反応した鼻の知覚神経からの興奮が脳(視床下部)に伝わり、自律神経である副交感神経を介して、くしゃみ、鼻みず、鼻づまりなどの症状を引き起こすとされています。
治療は抗ヒスタミン薬や点鼻薬も多少は効きますが、不十分です。他には耳鼻科手術(レーザー治療や後鼻神経切断術)もありますが、私自身は体調を整えて上手に付き合っていくことが大事だと思っています。

 一方、「朝方や食事中にサラサラの鼻水が垂れてくる」と訴える高齢者の方もおられますが、これは「老人性鼻炎」と言いまして、加齢によって鼻粘膜が萎縮して、鼻粘膜の温度が低下することと関係しています。すなわち呼気中の加湿された空気が鼻腔内で急に冷やされて、鼻粘膜上で結露のように水滴となって垂れてくる現象です。
この鼻炎には特効薬はありませんので、対策は暖房器具で足元を温めたり、濡れタオルや鼻うがいなどで鼻を温めたりすることです。

 これから花粉症の時期ですが、アレルギー性鼻炎と思っていても実は血管運動性鼻炎や老人性鼻炎のこともあるので、薬が効きにくい場合は是非参考にしてください。

いきいき生活通信 2025年 2月号

運動療法について

 今年は西暦2025年。「団塊の世代」の全ての方々が後期高齢者になる未曾有の超高齢化社会(5人に1人が後期高齢者)の幕開けです。

 75歳の自分はどんな感じなのか想像できませんが、少なくとも元気でいたいし、できれば仕事もしていたいです。だから私の今年の目標は「もっと歩いて、もっと泳ごう」です。

 身体活動量を増やすことは、循環器病、2型糖尿病、がんの予防に効果があり、また抑うつを軽減して、思考力や幸福感を高められるとされています。一方、身体活動・運動の不足は感染症を除くと喫煙、高血圧に次いで、死亡に対する3番目の危険因子です。

 では私達はどれくらい運動すれば良いのでしょうか。
厚労省が「健康日本21」で公表している方針は「歩数の増加」「運動習慣者の割合の増加」「運動不足のこどもの減少」「歩きたくなるまちづくり」です。
その目標達成のために策定した「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」を参考にしてみると、まず身体活動とは安静状態以外の骨格筋の収縮を伴う全ての活動であり、①生活活動(家事・労働・通勤など)②運動(スポーツなど)③座位行動(デスクワークやくつろいでいる状態など)に分かれます。そして安静座位の状態を身体活動の強度の単位として「1メッツ(METs)」と定義すると、座位行動は1.5メッツ以下の強度となり、生活活動は立っているだけで1.8メッツ、散歩は2メッツ、普通歩行は3メッツ、風呂掃除や草むしりは3.5メッツとなります。運動では体操が3.5メッツ、水中歩行は4.5メッツ、軽装での山登りは6.5メッツ、ジョギングは7メッツ、水泳(46m/分)は8.3メッツ、ランニング(188m/分)は11メッツとなっています。

 これらの身体活動によるエネルギー消費量(kcal)はメッツ×時間(h)×体重(Kg)で推定できます。
科学的根拠に基づいた推奨される活動量は、成人では座位行動(座りっぱなし)の時間をできるだけ短くして、毎日3メッツ以上の活動を60分以上(約8000歩以上に相当)、運動を週に4メッツ×60分以上です。高齢者では毎日6000歩以上で、週に3日以上の体操やダンスなどが推奨されています。

 私の昨年1年間の活動量は平均1日約3500歩と週に2回の水泳(8.3メッツ×0.75時間)ですので、毎日の活動量が全く足りていません。今年はとにかくよく動いて、1日5000歩を達成したいです。皆さんも座りすぎを避けて、自分にあったペースで今よりも少しでも身体を動かしましょう。

いきいき生活通信 2025年 1月号